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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)11549号 判決

原告(反訴被告)

新川英信

被告(反訴原告)

児玉由紀子

主文

一  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金一八万三一五〇円及びこれに対する平成九年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間で、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づき、原告(反訴被告)が被告(反訴原告)に対して負担する損害賠償債務は、前項記載の金額を超えて存在しないことを確認する。

三  原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを一〇分し、その九を被告(反訴原告)の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間で、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づき、原告(反訴被告)が被告(反訴原告)に対して負担する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

二  反訴

原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金五〇七万八七九一円及びこれに対する平成九年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告(反訴被告)が運転する普通乗用自動車と被告(反訴原告)が運転する足踏式自転車とが接触した事故につき、〈1〉原告(反訴被告)が被告(反訴原告)に対し、被告(反訴原告)に対する損害賠償債務が存在しない旨の確認を求め、〈2〉被告(反訴原告)が原告(反訴被告)に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

以下、原告(反訴被告)を単に「原告」、被告(反訴原告)を単に「被告」ということにする。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む。)

1  事故の発生

別紙交通事故目録記載の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2  被告の損害の填補

原告付保の保険会社(以下、単に「保険会社」という。)は、本件交通事故に関し、次のとおり支払った(甲九の一の一、二、甲九の二の一、二、甲九の三の一ないし三、甲九の四の一、二、甲九の五の一、二、甲九の六の一、二、甲九の七の一、二)。

(一) 被告に対して 三一万九〇〇〇円

(二) 病院に対して 九四万一七七一円

(三) 原告に対して 一万一六三〇円

二  争点(一部争いのない事実を含む。)

1  本件事故の態様(原告の過失、被告の過失)

(原告の主張)

原告車両が本件交差点で一時停止後徐行を始めたところ、原告車両左側から被告車両が直進してきたため、被告車両の前籠と原告車両前輪タイヤ上付近とが接触した。接触の際には、原告車両は既に停止していた。

被告は、原告車両が一時停止線手前で停止の上、徐行して交差点に進入してきているのを確認しているのであるから、被告には安全な速度に減速して交差点に進入すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然直進した点に過失がある。被告の過失割合は少なくとも三割はある。

(被告の主張)

原告は、車内の客と話をしており、左側の安全確認をしていなかった。被告は、本件交差点手前で急ブレーキをかけ一旦停止した。原告車両はゆっくりと進んでいたが、被告同様に停止するものと思っていた。そこで、被告はさらに進行しようとしたところ、原告車両が予期に反して進んできたので、被告は体のバランスを崩し、被告車両の前籠が原告車両に接触した。

2  被告の損害額

(被告の主張)

(一) 治療費

(1) 原告既払分 九五万三四〇一円

(2) 被告負担分 一四二万三七〇一円

(二) 文書料 五二五〇円

(三) 通院交通費 五万四四〇〇円

(四) 休業損害 二三九万五四四〇円

(五) 通院慰謝料 一二〇万円

よって、被告は、原告に対し、右損害合計額六〇三万二一九二円から原告既払分の治療費九五万三四〇一円を控除した五〇七万八七九一円及びこれに対する本件事故日の翌日である平成九年九月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(原告の主張)

原告既払分の治療費は認める。

通院交通費は二万三二〇〇円の限度で認める。

休業損害は七三万八六六四円の限度で認める。

通院慰謝料は四八万円が相当である。

3  寄与度減額

(原告の主張)

被告は、本件事故以前の平成九年四月二五日から本件事故日である平成九年九月一〇日時点まで、別件労災事故のため、小嶋整形外科において、左撓骨遠位端粉砕骨折、両膝内障、左肘接触性皮膚炎の治療を続けていた。被告の本件事故による症状改善等が遅延したのは、別件労災事故の影響によるものであるから、右既往症を斟酌の上、五割の寄与度減額を行うべきである。(被告の主張)

争う。

第三争点等に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(甲二)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪市西区九条南一丁目二番二二号先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。原告車両が進行してきた道路には一時停止規制がある。

原告は、平成九年九月一〇日午前一一時二〇分頃、原告車両を運転し、別紙図面〈1〉地点で一時停止の上、ゆっくりと前方に進行し、同図面〈2〉地点で同図面〈ア〉地点を進行中の被告車両を認め、急ブレーキをかけ、同図面〈3〉地点に停止した。他方、被告は、原告車両は被告車両の近くまで進んで停止するものと考えていたところ、案に相違して原告車両が被告車両の前にまで出てきて停止したため、被告車両の前籠が原告車両の左前輪タイヤ上付近に接触した。被告は、遅刻しないよう急いで進行する姿勢を取っていたため、前のめりの格好になって、原告車両のボンネットの上に左手をつき、その上に自分の胸が重なり、また、左膝内側上部が被告車両のフレームとぶつかり自分の体重が加わった状態になった。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、左側に対する安全確認が不十分であった原告の過失と右側に対する安全確認が不十分であった原告の過失とが競合して起きたものと認められる。

前記事故態様のもとで原告及び被告の過失内容を比較すると、原告と被告の過失割合は、八対二の関係にあると認めるのが相当である。

二  争点2及び3について(原告の損害額、寄与度減額)

1  治療状況等

証拠(甲三1ないし3、四ないし六、七1ないし7、乙一、三)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

被告(昭和二〇年六月二四日生)は、本件事故前の平成九年四月二五日、別件の労災事故(以下「別件事故」という。)に遭い、小嶋整形外科において、左橈骨遠位端粉砕骨折、両膝内障、左肘接触性皮膚炎の傷病名で治療を受け、そのため本件事故前から、両膝関節部痛、左手関節部痛を訴えていた。同外科では、同月三〇日から運動療法(簡単)が続けられていたが、同年八月八日の時点では、原告は、医師に対し、「仕事はまだしていない」と話していた。その後、本件事故までの約一か月間は病院等に通院しておらず、同月中に仕事に復帰したが、治癒と診断されたわけではなかった。

被告は、本件事故の当日である平成九年九月一〇日、多根病院を訪れ、主として左母指の痛みを訴え、左母指打撲の傷病名で診療を受けた。同病院では左母指のX線写真が撮影されたが、異常は認められなかった。同病院の医師から近医で診療を受ける方がよいと言われ、同月一六日から小嶋整形外科に転医した。同整形外科では、左手首の痛み、左大腿部の痛み等を訴え、左手関節打撲・捻挫、左膝打撲・捻挫、左側胸部打撲、前胸部打撲の傷病名で運動療法(簡単)を続け、同年一二月九日まで診療を受けた。なお、同整形外科では、本件事故後に訴えのあった左手首の痛みや左大腿部の痛みの症状につき、交通事故用のカルテのみならず、別件事故による労災用のカルテにも記載した。左手関節のX線写真では、特に異常は認められないが、手根中手関節には変形性(OA)変化が認められた。同整形外科は、保険会社の担当者に対し、受傷後四か月くらい(平成一〇年一月中旬)で症状固定の予定であるという趣旨の説明をした。原告は、平成九年一二月一〇日以降、河村病院に通院を始め、左手、左膝関節痛を訴えて、X線写真が撮られたが、左手の撓骨茎状突起に変形があるものの、本件事故とは関係ないと診断され、左第一指手根中手関節に軽度の変形性(OA)変化が認められた。左膝については異常は認められなかった。同病院では、本件事故の相手方に不信感があると度々述べ、小嶋整形外科から症状固定の話が出たことにも不信感があると述べていた。被告は、河村病院の医師に対し、平成一〇年三月一二日、後遺障害診断書を希望したが、医師からは「自覚症状のみでは後遺障害診断の対象とはなりにくい。MRI検査後に後遺障害診断書を書く。MRIを行ったからといって必ず痛みの原因が究明できるわけではない。」という趣旨の説明を受けた。なお、医師は、被告につき、自己主張がやや強いため医師からの説明が理解されていないことがあるという印象を持った。左膝のMRI検査でも異常は認められなかった。その後、被告は、同病院に電話し、応対した者に対し、「医師がMRIを撮れと言ったので撮ったが、異常なしと言われ、自分で新聞等で得ている情報に照らし、納得できない。診察しても医師はきちんと聞いてくれない。電話したら聞いてくれると思った。」と述べた。応対者は、症状が残存しているのに後遺障害診断で診療打ち切りとなることが不満の様子であったと報告している。被告が、同年四月二一日、やはりもう少し治療を続けたいので後遺障害診断書はいらないと主張したため、同病院は、後遺障害診断書の発行を中止した。

河村病院の河村医師は、平成一〇年五月三〇日をもって左手手関節部挫傷、左膝関節挫傷の傷病名につき、被告の症状が固定した旨の診断書を作成した。同診断書の記載によれば、自覚的には、左膝部痛、重量物挙上時等に増悪する左手部痛があるとされ、膝関節の機能については、自動・他動ともに右が屈曲一四〇度、伸展〇度、左が屈曲一四〇度、伸展マイナス一〇度とされ、他覚症状及び検査結果の欄は空欄とされている。

平成一一年二月二二日からは、左膝変形性関節症の傷病名でみなと生協診療所に通院している。被告は、同診療所から、両膝とも経年性の変化があるが、左膝に過度の力がかかったことが関節症を発現ないし悪化させる誘因となったとも考えられる旨の説明を受けたので、これを記載した診断書の発行を求めたが、断られた。

2  症状固定時期等

前認定の診療経過に照らすと、本件事故による被告の症状は、途中症状固定に近い状態にはなったものの、最終的には平成一〇年五月三〇日に固定したものと認められる。

3  寄与度減額

前認定事実によれば、被告には、本件事故前から左撓骨遠位端粉砕骨折、両膝内障といった傷病歴ないし既往症があり、これらが本件事故後における被告の症状の発現及び継続について寄与するところが相当程度大きかったと認められるから、民法七二二条二項の類推適用により三割の寄与度減額を行うのが相当である。

4  損害額(寄与度減額・過失相殺前)

(一) 治療費

(1) 原告既払分 九五万三四〇一円

標記損害については、当事者間に争いがない。

(2) 被告負担分 認められない。

前記(1)の外に本件事故と相当因果関係にある治療費があることを認めるに足りる証拠はない。

(二) 文書料 五二五〇円

被告は、文書料(診断書)として五二五〇円を要したものと認められる(弁論の全趣旨)。

(三) 通院交通費 二万三二〇〇円

被告が、多根病院及び小嶋整形外科への通院交通費として二万三二〇〇円を要したことは当事者間に争いがない。その他の通院に関しては交通費を要したことを認めるに足りる証拠はない。

(四) 休業損害 八六万七三四八円

休業損害算定上の基礎収入額が一日あたり九九八一円であることは、当事者間に争いがない。

前認定事実によれば、被告は、〈1〉本件事故日である平成九年九月一〇日から一四日間は完全に休業を要する状態であったが、〈2〉その後の七七日間は平均して五〇パーセント労働能力が低下した状態であり、〈3〉その後の一七二日間は平均して二〇パーセント労働能力が低下した状態であったと認められる。

以上を前提として、被告の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 9,981×14+9,981×0.5×77+9,981×0.2×172=867,348(一円未満切捨て)

(五) 通院慰謝料 七五万円

被告の被った傷害の内容・程度等の事情を考慮すると、通院慰謝料は七五万円が相当である。

5  損害額(寄与度減額・過失相殺後)

右損害額の合計は二五九万九一九九円であるところ、前記の次第で三〇パーセントの寄与度減額及び二〇パーセントの過失相殺を行うと、損害額は一四五万五五五一円(一円未満切捨て)となる。

6  損害額(損害の填補分控除後)

原告付保の保険会社は、本件交通事故に関し、合計一二七万二四〇一円支払ったから、これを寄与度減額及び過失相殺後の損害額から控除すると、一八万三一五〇円となる。

三  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

交通事故目録

日時 平成九年九月一〇日午前一一時二〇分頃

場所 大阪市西区九条南一丁目二番二二号先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 普通乗用自動車(なにわ五五い八四〇五)(以下「原告車両」という。)

右運転者 原告(反訴被告)

事故車両二 足踏式自転車(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告(反訴原告)

態様 本件事故現場の交差点において、被告車両の前籠が原告車両と接触した。

別紙図面

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